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私は茶の間で、ちょっとお茶をのんだが、食事はやめた。食べたくなかった。お母さんの方へは行かずに、表へ出た。散歩するというわけでもなく、行くところもないので、裏の空地へ行ってみた。あのいやな醜い桜の木がある。通りすぎて、お寺のなかにはいっていった。銀杏樹がすくすくと茂りそびえている。その幹によりかかって、私は泣いた。
その日の午後、オレはリムジンで連れ出された。連れ出されたと言っても、誰も付き添ってはいない。リムジンの運転手とオレだけだ。里奈のおふくろが誂えてくれたまっさらのタキシードを着込んでリムジンに乗り込むと、オレはずっとこんな風に生活してきたような錯覚をした。てっきり着飾った里奈のおふくろも同行するものだと思っていたのだが、彼女は嬉しそうに手を振っている。どこへ行くのか、オレが聞くと、里奈のおふくろは、お祭りよ、とだけ答えた。
歴史的に存在した所謂自由芸術とそして恐らく自由芸術ではない処の芸術との区別がどのような標準によって与えられたかは問題の外として、このような歴史上の事実からは独立に、なお自由芸術と不自由芸術との区別が許されるならば、そうすれば学問は第二に、一つの自由芸術と考えられなければならない。
**この区別を吾々はプランクから学ぶ。自然科学に於ける統計的法則はボルツマンによって促された(Planck-PhysikalischeRundblicke)。
細木僕は、ただ感動した。自己の生命の終焉を、ああいふ風に、一個の興味ある現象として、静かに、そして、爽やかに観照できるといふことは、なんといふ人格だらう。それはもう、単なる思想でも観念でもない。パーソナリティーそのものだ。
冬菜あなたはもう、そのことだけしかお考へになれないの?
「いゝえ、ボオドレエルを読んでいました」と云ひながら、久保田は為事場に出て来た。
哲郎は怪しい女の生活を思ひ出してキユーラソー位はあるだらうと思つた。彼はもう何もいはずに女に随いて歩いた。
「クラブ」では、自分等で詩や小説を作り、芝居をやっているが、まだ自分等で映画を作るまでには至っていない。これはただ経済的の理由だけで、金にもっと余裕がつけば直ぐにでも作り出すだろう。常設館の大きいところでは、ソユーズ・キノの技術部のものが、カメラを持って来て、休みの時間に一般の機械に関する質問に答え、機械を解剖して見せていた。
**カントの物自体が感性を感触する処の原因であると云われる時、因果の範疇に就いて今と同じことが云われたことを思い起こす。
僕の生のこの充実は、また同時に僕の生の拡張である。そしてまた同時に、人類の生の拡充である。僕は僕の生の活動の中に、人類の生の活動を見る。
撮影が終わった翌日、オレは高野と酒を飲んだ。
さて最後に、吾々の理論の構造に於て根本的な一つの点を注意しなければならない。学問乃至科学の分類は、最初の叙述から始めて恐らく対象による分類の辺に至るまでの間は、当然学問の分類――諸学問の自然的体系――という名に適わしい課題に他ならないものとして、至極無理なく受け取られたと思われる。処がそれを押しつめた処の、概念構成による分類、又科学的世界による分類、又更に学問性による分類に来る時、学問の分類としての課題は、みずからの概念をば次第に影の薄いものとして来る、という点を人々は気付かなかったであろうか。なる程そうなっても学問分類という概念が完全に失われて了うのではないが、ただそれが次第に何時の間にか、単なる名目に過ぎないものとなり、その実質は之に反して何か他のものとなって来たのを人々は注意すべきである。アンペールやベンサムに倣って生物学的名辞を借りてよいならば、問題はもはや学問の分類学ではなくしてその形態学としての内容を有って来たことは事実上の変化であるであろう。学問分類の概念は、それをつきつめて行く内に、学問形態の概念に向って運動したのである。であるから吾々の問題は、もはや「学問の分類」に止ることは出来ず、学問形態の理論、特に「科学論」でなければならなくなって来た。
そんなことをして騒いでいるところへ、三十すぎの女と、まだ学校出たてらしい若い男が、先生をたずねて来た。二人とも雑誌記者だった。
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